「鳥羽伏見の戦い」を巡る旅 第9弾|淀城址・伏見城跡・東寺ほか

歴史ログ

前回は激戦地「千両松の戦い」関係の史跡を巡りました。

今回は、淀城・伏見城・東寺などを巡ります。

淀城址

淀城址

淀城は、2代将軍・徳川秀忠の命令により、伏見城の廃城に伴って元和九年(1623年)に築城が着工され、寛永二年(1625年)に竣工しました。(現地案内板より)

淀城跡

寛永三年(1626年)には、2代将軍・秀忠と3代将軍・家光の上洛の途次に、宿所となったようです。

淀城跡

淀城は鳥羽伏見の戦いで新政府軍に押された幕府軍が、入城を求めた際に拒否しました。
淀城は幕府老中の稲葉正邦が城主を務めており、幕府軍は淀城が味方として入城を受けてくれると考えていました。

ところが、当時、城主・稲葉氏は江戸におり、淀城を留守としていたため、残された家臣団が時代は新政府軍にありと判断し、幕府軍の入城を拒否しました。

淀城跡
淀城跡

天守跡の中には入れませんでした。

稲葉神社

歴代藩主を偲ぶ稲葉神社。

稲葉神社

鳥羽伏見の戦いでは、「旧幕府軍、新政府軍いずれにも与しない中立の立場を貫いた」と記載されています。

城内にはいくつか石碑が建っています。

淀城址
淀城址

「淀城址」と書かれた石碑。

田邊治之助君記念碑

「田邊治之助君記念碑 子爵稲葉正凱書」と書かれた石碑。
田邊治之助は、鳥羽伏見の戦いで旧幕府軍の入城拒絶を決定した人で、当時、城主不在の淀城の留守を預かっていました。

石碑

慶応四年(1868)の明治天皇の親征・海軍検閲のため大坂行幸の記念碑です。

淀城

淀城には巨大な水車がありました。
手前左にある石柱が、水車がこの場所にあったことを示しています。

淀城

当時を示す案内板に水車の記載がありました。

淀城
淀城

真ん中右下に水車が描かれています。

淀城
淀城

駅に向かう途中に「東南 淀川渡場経」と書かれた年季の入った石碑がありました。

石碑

京都市HPによると、もともとは鉄道の高架化前は踏切の際にあったようです。

大専寺(だいせんじ)

伏見区淀にあるお寺を訪れました。

大専寺

境内に旧幕府軍側の戦死者を供養する墓碑が建立されています。

大専寺

見づらいですが、「戊辰役東軍戦死者埋骨地」と書かれています。

大専寺
大専寺

淀大橋

淀大橋は旧幕府軍が、新政府軍の追撃を食い止めるため、自ら焼き払った重要な退却路です。

淀大橋

淀城への入城を拒否された旧幕府軍は、淀大橋や淀小橋を焼き落として宇治川を渡り、男山・橋本方面へと退却しました。

淀大橋

ここは、鳥羽・伏見の戦いにおける旧幕府軍の敗走を象徴する場所です。

淀大橋
淀大橋

見晴らしのいい河川敷が広がっています。

淀大橋
淀大橋

伏見城

淀からエリアを変え、電車で桃山御陵前駅に向かいます。
鳥羽伏見の戦いと直接の関係はありませんが、場所も近く、前から来てみたかった場所の1つです。

電車で向かう

しばらく坂を登ると立派な門と天守が見えてきます。

伏見城
伏見城

実はこの天守は模擬天守で、この地にはかつて「伏見桃山城キャッスルランド」という遊園地がありました。この天守は遊園地の施設の一つとして建造されたようです。

伏見城

遊園地の施設としては、かなりレベルの高い仕上がりだと思います。
地方にある、博物館として建てられている模擬天守よりもクオリティが高く、本物のように見えます。

伏見城

私も幼少期に両親に連れて行ってもらったことがあるようです。

現在は伏見桃山城運動公園として整備されています。

関ヶ原の戦いの前哨戦となった伏見城の戦いでは、城を守る鳥居元忠らが壮絶な籠城戦を繰り広げました。

家臣の竹中重門らも奮戦し、多くの将兵が命を落とします。
その際、伏見城の床板には流れた血の跡が深く残り、後に供養のため京都の養源院へ移され、「血天井」として今も当時の激戦を伝えています。

東寺

東寺

世界遺産の東寺。
東寺は、鳥羽・伏見の戦いにおいて薩摩藩を中心とする新政府軍の本営が置かれた重要な拠点です。

東寺

境内には総大将・仁和寺宮嘉彰親王が入り、西郷隆盛は高さ約55メートルの五重塔最上階から伏見方面の戦況を見渡したと伝えられています。

東寺

天皇の軍であることを示す「錦の御旗」が掲げられると、薩摩藩・長州藩を中心とする新政府軍の士気は大いに高まりました。

東寺

一方、旧幕府軍は「朝敵」と見なされる立場となり、戦局は新政府軍に大きく傾く転機となりました。

東寺

実は私は東寺の中にある高校に通っていたのですが、歴史に興味がなかった当時は、鳥羽伏見の戦いの重要な史跡であることを知りませんでした。

体育祭の前などは、東寺の境内の広場で踊りの練習などしていましたが、大人になってから鳥羽伏見の戦いを巡る中で母校に戻ってくることになり、不思議な感覚と懐かしさがこみ上げました。

寺の中には仏像も鑑賞可能で、初めて観光地としてじっくり訪れることができました。

東寺
東寺

この鳥は何でしょうか。

東寺

思い出に浸りながら京都の地を後にしました。


アクセス

淀城址

  • 所在地:淀城址

大専寺

  • 所在地:〒613-0905 京都府京都市伏見区淀下津町52

淀大橋

  • 所在地:〒613-0045 京都府久世郡久御山町北川顔表畑

伏見城

  • 所在地:〒612-0853 京都府京都市伏見区桃山町大蔵45

淀小橋旧跡

  • 所在地:〒612-8275 京都府京都市伏見区納所町104

東寺

  • 〒601-8473 京都府京都市南区九条町1

次回訪問場所

今回で一旦鳥羽伏見の戦いを巡る旅は終わりです。
次回は、西南戦争の史跡を巡ります。

Instagram連動

訪問の様子はInstagramにも投稿しています📷

関連記事

「鳥羽伏見の戦い」を巡る旅 第9弾|淀城址・伏見城跡・東寺ほか
0
「鳥羽伏見の戦い」を巡る旅 第8弾|戊辰戦争淀千両松の戦いの碑・戊辰役東軍戦死者埋骨地ほか
0
「鳥羽伏見の戦い」を巡る旅 第7弾|御香宮神社・伏見奉行所跡ほか
0
「鳥羽伏見の戦い」を巡る旅 第6弾|会津藩駐屯地跡・鳥羽伏見戦の弾痕ほか
0
「鳥羽伏見の戦い」を巡る旅 第5弾|「龍馬とお龍 愛の旅路」像・寺田屋ほか
0
「鳥羽伏見の戦い」を巡る旅 第4弾|大黒寺・坂本龍馬 避難の材木小屋跡ほか
0
「鳥羽伏見の戦い」を巡る旅 第3弾|戊辰東軍戦死碑・鳥羽伏見の戦跡
0
「鳥羽伏見の戦い」を巡る旅 第2弾|鳥羽伏見の戦い跡札・城南宮
0
「鳥羽伏見の戦い」を巡る旅 第1弾|鳥羽伏見の戦い勃発の地碑
0
「鳥羽伏見の戦い」おさらい
0
天狗党を巡る旅 第10弾|武田耕雲斎本陣跡(新保陣屋) 
0
天狗党を巡る旅 第9弾|武田耕雲斎の墓(水戸市)
0
天狗党を巡る旅 第8弾|水戸城・弘道館を歩く【弾痕・正庁・徳川慶喜の謹慎の地】
0
天狗党を巡る旅 第7弾|維新回天の志士たちが眠る「水戸殉難志士の墓」
0
天狗党を巡る旅 第6弾|処刑までの間閉じ込められていた現存するニシン蔵(回天館)
0
天狗党を巡る旅 第5弾|水戸に残る「長岡原刑場跡」と市川弘美の最期
0
天狗党を巡る旅 第4弾|水戸の処刑場― 天狗党隊士たちが処刑された地「吉田境橋行刑場」
0
天狗党を巡る旅 第3弾|水戸の処刑場 ― 天狗党隊士たちが処刑された地「渋井の土壇場」「吉沼磔刑場」
0
天狗党を巡る旅 第2弾|赤沼牢屋敷跡 ― 天狗党の家族らが処刑された場所
0
龍馬を巡る旅 第15弾|長州藩蔵屋敷跡 ―― 倒幕の志を支えた経済拠点
0

コメント

タイトルとURLをコピーしました