「鳥羽伏見の戦い」を巡る旅 第7弾|御香宮神社・伏見奉行所跡ほか

歴史ログ

前回は「会津藩駐屯地跡」や「鳥羽伏見戦の弾痕」を巡りました。

今回は「御香宮神社」「伏見奉行所跡」などを巡りました。

御香宮神社(ごこうのみや)

「鳥羽伏見戦の弾痕」から東へ向かって少し歩くと大きな神社の門が見えてきます。

御香宮神社

境内に入ってすぐ右側に大きな石が集められている場所があり、興味がそそられます。

伏見城跡残石

看板をみると「伏見城跡残石」と書いてあります。
面白い光景です。

伏見城跡残石

参道を進みます。

御香宮神社
御香宮神社

右を見ると目当ての石碑がありました。

明治維新伏見の戦跡之碑

「明治維新伏見の戦跡之碑」です。

明治維新伏見の戦跡之碑

この解説板、面白いです。

最初、御香宮神社の表門には幕府側の木札が掲げられたそうですが、翌日には新政府軍が来て木札を外し、ここを陣地としたそうです。

幕府軍と新政府軍の間で小競り合いが起こる中、鳥羽方面(鳥羽伏見の戦い勃発の地碑、小枝橋)から砲声が聞こえ、神社東側台地で砲兵陣地を敷いていた大山弥助(後の元帥・大山巌)の指揮により、すぐ南側にある伏見奉行所の幕府軍に対して砲撃を開始したとあります。

また、これに対して、幕府軍の土方歳三が率いる新選組が砲撃の火ぶたを切って応戦したこと、仁和寺宮嘉彰親王(にんなじのみやよしあきしんのう)が錦の御旗を翻して陣頭に立ち、新政府軍の指揮を大いに高め、戦況を盛り返したことが書いてあります。

明治維新伏見の戦跡之碑

伏見奉行所跡・旧伏見奉行所の石垣

御香宮神社の解説板にあった「伏見奉行所」は御香宮神社の目と鼻の先にありました。
現在の京都市営桃陵団地の一帯がその場所にあたります。

紹介した本によると、伏見奉行所に突入した新政府軍(薩軍)は、半生半死の者を全員切り捨てたと記載されています。また、戦時病院にいた負傷兵も全員切り捨てたと書かれてあります。

伏見工兵第十六大隊跡

伏見奉行所は鳥羽伏見の戦いで焼け落ちたが、その後、陸軍の土地となり、第二次世界大戦後は米軍の接収を経て、日本に返還された後、市営住宅が建設されたそうです。

解説板

この解説板によると、石垣の上には白壁が続き、南北2つの櫓がそびえていたそうです。

市営住宅を南に向かって歩いていくとお城の石垣と同じくらい立派な石垣が現れます。

旧伏見奉行所の石垣

これが伏見奉行所の石垣です。
戦いの歴史を感じます。

平戸橋

上で紹介した「鳥羽伏見の戦い: 幕府の命運を決した四日間 (中公新書)」によると、旧幕府軍の戦死者をこの橋から大阪に運んだと記載があります。

平戸橋
平戸橋
伏見奉行所方面を望む
平戸橋から伏見奉行所方面を望む

ここから旧幕府軍の遺体が大阪城に運ばれました。

大阪方面

次の目的地「肥後橋」に向かいます。
このまま川沿いを歩いていきます。

振り向くと肥後橋が見えます。

細道が続きます。

橋の下でドナルドダックが寝ていました。

肥後橋

上記で紹介した本では、新選組が伏見奉行所から退却してこの肥後橋で最後の陣を張ったと記載があります。

肥後橋
肥後橋

この場所で新選組と新政府軍が奮闘していました。

宇治川方面を望みます。

肥後橋

反対側です。伏見方面ににあります。

肥後橋
肥後橋

右側に神社がありました。

三栖神社
三栖神社

今日の旅はここまでです。
次回は淀方面(京都競馬場)に移動します。

アクセス

御香宮神社

  • 所在地:〒612-8039 京都府京都市伏見区御香宮門前町174

伏見奉行所跡・旧伏見奉行所の石垣

  • 所在地:〒612-8104 京都府京都市伏見区西奉行町1−52−52

平戸橋

  • 所在地:〒612-8221 京都府京都市伏見区平戸町

肥後橋

  • 所在地:〒612-8233 京都府京都市伏見区西浜町

次回訪問場所

次回は「戊辰戦争淀千両松の戦いの碑」「戊辰役東軍戦死者埋骨地(愛宕茶屋堤防)」「鳥羽伏見之戦跡地供養塔(旧京阪国道)」「妙教寺」を訪れます。

Instagram連動

訪問の様子はInstagramにも投稿しています📷

関連記事

「鳥羽伏見の戦い」を巡る旅 第7弾|御香宮神社・伏見奉行所跡ほか
0
「鳥羽伏見の戦い」を巡る旅 第6弾|会津藩駐屯地跡・鳥羽伏見戦の弾痕ほか
0
「鳥羽伏見の戦い」を巡る旅 第5弾|「龍馬とお龍 愛の旅路」像・寺田屋ほか
0
「鳥羽伏見の戦い」を巡る旅 第4弾|大黒寺・坂本龍馬 避難の材木小屋跡ほか
0
「鳥羽伏見の戦い」を巡る旅 第3弾|戊辰東軍戦死碑・鳥羽伏見の戦跡
0
「鳥羽伏見の戦い」を巡る旅 第2弾|鳥羽伏見の戦い跡札・城南宮
0
「鳥羽伏見の戦い」を巡る旅 第1弾|鳥羽伏見の戦い勃発の地碑
0
「鳥羽伏見の戦い」おさらい
0
天狗党を巡る旅 第10弾|武田耕雲斎本陣跡(新保陣屋) 
0
天狗党を巡る旅 第9弾|武田耕雲斎の墓(水戸市)
0
天狗党を巡る旅 第8弾|水戸城・弘道館を歩く【弾痕・正庁・徳川慶喜の謹慎の地】
0
天狗党を巡る旅 第7弾|維新回天の志士たちが眠る「水戸殉難志士の墓」
0
天狗党を巡る旅 第6弾|処刑までの間閉じ込められていた現存するニシン蔵(回天館)
0
天狗党を巡る旅 第5弾|水戸に残る「長岡原刑場跡」と市川弘美の最期
0
天狗党を巡る旅 第4弾|水戸の処刑場― 天狗党隊士たちが処刑された地「吉田境橋行刑場」
0
天狗党を巡る旅 第3弾|水戸の処刑場 ― 天狗党隊士たちが処刑された地「渋井の土壇場」「吉沼磔刑場」
0
天狗党を巡る旅 第2弾|赤沼牢屋敷跡 ― 天狗党の家族らが処刑された場所
0
龍馬を巡る旅 第15弾|長州藩蔵屋敷跡 ―― 倒幕の志を支えた経済拠点
0
龍馬を巡る旅 第14弾|薩摩藩蔵屋敷跡 ―― 龍馬たちをかくまった地
0
龍馬を巡る旅 第13弾|海援隊の大坂支店「薩万」 ―― 商都に刻まれた志士たちの足跡
0

コメント

タイトルとURLをコピーしました