「鳥羽伏見の戦い」を巡る旅 第8弾|戊辰戦争淀千両松の戦いの碑・戊辰役東軍戦死者埋骨地ほか

歴史ログ

前回は「御香宮神社」や「伏見奉行所跡」などを巡りました。

今回から旧幕府軍の「退却の要所」編を巡ります。

戊辰戦争淀千両松の戦いの碑

戊辰戦争淀千両松の戦いの碑

京都競馬場目の前にあります。

京都市のHPによると、横に写っている高架橋建設時に戊辰戦争東軍死者埋葬地の碑を撤去したところ、工事現場に怪異が起きたため慰霊祭が行われ,埋骨地碑が元に戻され、この碑もその慰霊のために建立されたとされると記載があります。

戊辰戦争淀千両松の戦いの碑

千両松の戦いは、鳥羽伏見の戦いの激戦の地です。
こちらで紹介した「鳥羽伏見の戦い: 幕府の命運を決した四日間 (中公新書 2040)」によると、

「河堤左右、死骸山のごとし」とされ、幕府側で奮闘していた会津藩精鋭の槍隊はこの戦いでほとんど全滅したそうです。

戊辰戦争淀千両松の戦いの碑

当時はお腹に銃創を受けると腹膜炎を起こし、苦しんだ後に絶命しまず助からないことから、苦痛を長引かせるより、自決しようとして自ら沼に飛び込んで喉を付いて自決する姿がよく見られたそうです。
(「鳥羽伏見の戦い: 幕府の命運を決した四日間 (中公新書 2040)」から)

次の目的地に向かいます。

道中、ペアの猫さんがいました。

猫

お邪魔してます。

猫

戊辰役東軍戦死者埋骨地(愛宕茶屋堤防)

戊辰役東軍戦死者埋骨地(愛宕茶屋堤防)

京都市HPによると、「戊辰之役東軍戦死者之碑」と「戊辰役東軍戦死者埋骨地」と刻んだ12基の碑があるらしい。招魂碑の文字は榎本武揚の書ということ。

戊辰役東軍戦死者埋骨地
戊辰役東軍戦死者埋骨地

おなじみの「南無妙法蓮華経」の髭題目が卒塔婆に書かれてある。

桂川の河川敷の木のふもとにひっそりとたたずんでいる。

戊辰役東軍戦死者埋骨地

約160年前、この木の下に負傷した兵士たちが集まり、また遺体が転がっていたのだろうか。
目の前には桂川が広がっている。

桂川

次の目的地に向かうため、河川敷に沿って歩いていく。

桂川

鳥羽伏見之戦跡地供養塔(旧京阪国道)

鳥羽伏見之戦跡地供養塔

歩道の真ん中に突然ドーンと現れる。

京都市のHPには記載がない。グーグルの口コミでは、個人(飲食店)が建立したとの情報がある。

妙教寺

妙教寺

戊辰役東軍戦死者の碑(榎本武揚の揮毫)があります。
鳥羽伏見の戦いで本堂の壁と柱を砲弾が貫通し、その弾痕が現存するそうです。

妙教寺
妙教寺

ここにも「南無妙法蓮華経」の髭題目がありました。
この日は門に立て看板があり、境内に入ることはできませんでした。

淀小橋旧跡

淀小橋旧跡

淀城の橋があった場所です。
鳥羽伏見の戦いでは、旧幕府軍が退却の際に味方の淀城への入城を試みるも、城主(幕府老中・稲葉正邦)不在の中で戦況の不利を悟った淀城は寝返り、旧幕府軍の入城を拒んだ。

入城を拒絶された旧幕府軍は、淀城の北側を流れていた淀小橋と、木津川に架かる淀大橋を焼き落として八幡方面へ退却した。

その後、淀城は官軍に開城する。

淀小橋旧跡
淀城の解説板
淀城の解説板

この後、淀城跡を訪れましたが、現地の解説板に当時の地図がありました。

この淀小橋は左下に架かっている橋です。

アクセス

戊辰戦争淀千両松の戦いの碑

  • 所在地:〒612-8267 京都府京都市伏見区納所下野

戊辰役東軍戦死者埋骨地(愛宕茶屋堤防)

  • 所在地:〒612-8272 京都府京都市伏見区納所中河原32

鳥羽伏見之戦跡地供養塔(旧京阪国道)

  • 所在地:〒612-8274 京都府京都市伏見区納所星柳17−2 セントラルハイツ淀 105

妙教寺

  • 所在地:〒612-8279 京都府京都市伏見区納所北城堀49

淀小橋旧跡

  • 所在地:〒612-8275 京都府京都市伏見区納所町104

次回訪問場所

次回は「淀城址」「大専寺」「淀大橋」「伏見城」「東寺」を訪れます。

Instagram連動

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