前回は霧島市にある「日当山西郷どん村」を訪れました。
足湯もあり、歴史を感じつつリフレッシュもできる空間でした。

今回は、西南戦争から離れて島津氏関係の史跡を巡ります。
加治木駅
隼人駅から加治木駅に向かいます。

鹿児島県姶良市(あいらし)に入りました。
電車は詳しくないですが、初めて訪れる場所で見る電車は面白いので写真を撮ります。


↓この電車は欧州の電車みたいでカッコいいです。

↓加治木駅です。

↓駅前はこんな感じです。

西日がいい感じです。

駅から歩くこと約8分。
「加治木島津屋形跡」が見えてきました。

↓入口です。

加治木島津屋形跡

この場所は、島津家の第17代当主・島津義弘(しまづよしひろ)が亡くなった屋形跡です。
元和五年(1619)7月21日に、85歳で亡くなりました。

島津義弘公はこの場所で晩年までの12年間を過ごしたそうです。

島津義弘といえば、やはり関ケ原の戦いでの「島津の退き口(のきぐち)」が有名です。
関ヶ原の戦いで西軍が敗北すると、島津義弘率いる島津軍は敵中を突破して戦場を離脱しました。
この退却戦が「島津の退き口(のきぐち)」と呼ばれています。

島津軍は正面から徳川方の大軍を突破するため、追撃してくる敵を少人数で食い止める「捨て奸(すてがまり)」を繰り返しながら退却しました。
多くの家臣が命を懸けて時間を稼いだことで、義弘は岐阜・関ヶ原から鹿児島・薩摩への帰還を果たします。

この「義弘公薨去(こうきょ)碑」は、小高い盛り土の上にそびえています。↓

解説板によると、隣に隣接している鹿児島県立加治木高等学校が居館だったそうです。

↓境内には日清・日露戦争の出征記念碑がありました。

苔むした石像があります。

↓時代を感じさせる仏像がいらっしゃいます。
この風化具合を見ると、それこそ義弘公の時代からあったのではないでしょうか。


↓こちらにも相当に苔むした橋がありました。

解説板↓によると、この橋は「擬宝珠橋」(ぎぼしばし)と呼ばれ、義弘公がこの場所に移ってくる前年に架けられた橋のようです。

この場所にもともとあったのではなく、150m先から移転されてきたようです。

加治木西南戦争記念碑
この「加治木島津屋形跡」の境内には、西南戦争関係の石碑があります。

「加治木西南戦争記念碑」です。
解説板↓によると、この加治木の地から西南戦争に従軍し戦没した166名の名が石碑に刻まれているようです。

西南戦争は明治10年の草牟田(そうむた)火薬庫襲撃事件をきっかけに始まりました。
その後に薩軍が磯造船所武器庫を襲撃した際、加治木にあった私学校分校の生徒も多数参加したようです。
ちなみに加治木の私学校は現在の加治木工業高等学校のようです。

加治木からの従軍者数は計894名で、特に熊本県の「高瀬の戦い」で、官軍の待ち伏せに会い、多数の戦死者が出たそうです。
↓横から見るとこんな感じです。

↓「西南之役百周年記念日」がありました。

1977年(昭和52年)が100周年の年です。

境内には「大東亜戦争犠牲者追悼碑」もありました。↓

「戊辰役紀念碑」もあります。

なかなか読みにくいですが、本文冒頭には「慶応四年(1868)」「明治元年」「鳥羽伏見」「会津」「奥州」「函館」など、戊辰戦争全体の経過を説明する語句が見えます。
終盤には「大正三年十二月」と読めるため、大正3年(1914年)12月建立のようです。
境内には色々な石碑がありました。

これも気になりましたが、わかりませんでした。
寄付の内容が記載されているようです。

境内は、当時の空気と言いますか、静謐な雰囲気が満ちていました。

↓加治木高等学校。ここに義弘公の居館がありました。

仲間の屍を乗り越えて、関ヶ原からこの地に帰還した義弘公は、晩年まで何を想って過ごしたのでしょうか。
春秋の 花も紅葉も とどまらず 人も空しき 関路なりけり
義弘公の辞世の句です。
春の桜の花や秋の紅葉が移ろい散っていくように、人の命もまた何と儚く消え去るものか。
すべては空しい人生の道程(旅路)であったよ。
秀吉の朝鮮出兵ではわずか300の兵で朝鮮・明の10倍の大軍を破り、鬼島津と恐れられた戦国きっての武将が、このような句を残しています。
晩年の義弘公の気持ちが、なんとなく伝わってくるような空間でした。
義弘公を偲びつつ、次の目的地に向かいます。

日が傾いてきました。
先を急ぎます。


アクセス
加治木島津屋形跡・加治木西南戦争記念碑
- 所在地:〒899-5214 鹿児島県姶良市加治木町仮屋町
次回訪問場所
次回は島津家関係の史跡「精矛神社」を巡ります。
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Instagram連動
訪問の様子はInstagramにも投稿しています📷
事前に読んだ本
今回旅に向けて読んだ本はこちらです。
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