西南戦争を巡る旅【鹿児島】第7弾|東郷墓地・森有礼誕生地

歴史ログ

前回は「官軍戦没者慰霊塔」「薩英戦争記念碑」「岩永三五郎之像」を訪れました。

西南戦争を巡る旅【鹿児島】第6弾|官軍戦没者慰霊塔・薩英戦争記念碑・岩永三五郎之像
前回は島津義弘公を祭る「精矛神社」を訪れました。今回は、西南戦争関係史跡を巡ります。ホテルから移動鹿児島市の天文館にあるホテルから自転車で約15分、2.9kmの距離に目的地はあります。朝の天文館は宴の後といった感じで、静けさに包まれています…

今回は「東郷墓地」「森有礼誕生地」を訪れます。

東郷墓地

「西南の役官軍戦没者慰霊塔」のすぐ裏手の丘の上に東郷墓地があります。

午前中だったのですが、側溝から湯気が立ち昇っていました。

なんだか温泉街に来た気分です。

細い道を進んでいきます。

しばらく進むと、東郷墓地が見えます。

東郷の遺髪が納められており、墓碑には「元帥海軍大将 東郷平八郎墓」と刻まれています。

東郷平八郎(1848~1934)は薩摩藩出身の海軍軍人です。

幕末には薩英戦争や戊辰戦争に従軍し、明治維新後は海軍軍人として歩みました。

日露戦争では連合艦隊司令長官を務め、日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を破ったことで世界的に知られています。

東京・多磨霊園にも墓があります。

東郷墓地の脇に急な階段があり、登っていくと東郷さんの像が見えてきます。

この階段、かなり急なので東郷さんに気を取られすぎると危険です。

正面から見るとこんな感じです。↓

錦江湾(鹿児島湾でしょうか)を望めます。

桜島もきれいに見えます。

旧海軍の旗がひらめいています。

帰りの階段はさらに要注意です。

東郷さんは、「坂の上の雲」を読んで尊敬人物の一人になりました。

日清・日露戦争関係の史跡もめぐってみたいです。

そして、幕末から明治にかけて、東郷・西郷を輩出した薩摩はやはりすごいですね。

森有礼誕生地

東郷墓地から西へ10分ほど歩くと、「森有礼誕生地」があります。

途中、JR九州の日豊本線を横切ります。

住宅街の角に碑が立っています。

森有礼(1847~1889)は薩摩藩出身の政治家・外交官です。

幕末に薩摩藩英国留学生としてイギリスへ渡り、明治維新後は外交官として活躍しました。

その後、伊藤博文内閣で初代文部大臣に就任し、学校制度の整備を進めるなど、近代日本の教育制度確立に大きな役割を果たしました。

1889年(明治22年)、大日本帝国憲法発布の日に国粋主義者の西野文太郎に刺され、翌日に死去しました。

アクセス

東郷墓地

  • 所在地:〒892-0802 鹿児島県鹿児島市清水町32−32

森有礼誕生地

  • 所在地:〒892-0804 鹿児島県鹿児島市春日町11−7

次回訪問場所

次回は西南戦争の史跡「島津家墓所(玉龍山福昌寺跡)・島津義久の墓」を巡ります。

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西南戦争を巡る旅|明治維新の「終わり」を追って
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事前に読んだ本

今回旅に向けて読んだ本はこちらです。

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