前回の「坂本龍馬 避難の材木小屋跡」の続きからスタートします。
伏見長州藩邸跡
寺田屋近くの京橋を渡ってしばらく行くと、石碑が見えてきます。

こちらが「伏見長州藩邸跡」です。
幕末元治元年にこの伏見長州藩邸跡から出発し、京へ進軍しようとした福原越後と幕府軍との間で禁門の変が勃発したと解説板に書かれてあります。
ちょうど、京橋から伏見長州藩邸を砲撃し、焼け落ちてしまったそうです。
歩いてみるとわかりますが、ここから京橋は目と鼻の先です。(50mくらい)


三十石船乗り場
京橋の横から川岸に降りる道があります。
進んでいくと舟の乗り場があります。

龍馬とお龍さんもここから舟に乗ったのでしょうか。



夜はライトが点灯して和な雰囲気になりそうです。
「龍馬とお龍 愛の旅路」像
三十石船乗り場のすぐ横に龍馬とお龍さんの銅像があります。


この龍馬さんは凛々しいシュッとした顔をしてらっしゃいます。

龍馬さんからの目線です。

鹿児島に新婚旅行に行く前でしょうか。
寺田屋
京橋からすぐのところに有名な寺田屋があります。
2つの寺田屋事件の舞台となりました。
龍馬はこの寺田屋で襲撃にあい、負傷し「坂本龍馬 避難の材木小屋跡」に逃げ延びました。
入館料は大人600円。
再建された有名な史跡跡です。

玄関のように見えるところは出口専用です。

入口はこの庭から入ります。
庭だけであれば料金はかかりません。


お庭。混雑しているかと思っていましたが意外と人が少なかったです。

この「寺田屋騒動」で亡くなった有馬新七を含む薩摩藩士たちの墓が「大黒寺」にあります。
(冒頭で貼った第4弾のリンク先にあります)

私が好きな龍馬の句の一つです。
世の人は我を何とも言わば言え 我なす事は我のみぞ知る

「竜馬がゆく」にも登場する寺田屋女将のお登勢さんを祭っています。
徳川幕府最後の将軍・徳川慶喜公も寺田屋を訪れ、鳥羽伏見の戦いを回顧しているようです。

解説には維新時の井戸と書かれています。

この龍馬さんは実は小さいです。

館内には様々な展示があります。
左下に「弾痕」とあります。






階段を下りた先が風呂場になっています。
解説によると、風呂場にいたお龍さんが2階にいた龍馬に急を知らせ、龍馬は2階で格闘した後、この階段を下りて難を逃れていったとのことです。
当時の寺田屋も同じ作りだったとすればと龍馬はこのような風景を見たことになります。


龍馬たちが襲撃されたとき、お龍さんがお風呂に入っていた話は有名です。


薩摩藩士の「寺田屋騒動」の際に、有馬新七らが格闘していた際、有馬が相手の橋口吉之丞を壁に押し付け、
オイゴト刺セ、オイゴト刺セ
と言って自身ごと突き刺させ絶命しました。
幕末の歴史の重要な事件2つの舞台である寺田屋。
当時の様子を想像することができる場所です。


アクセス
伏見長州藩邸跡
- 所在地:〒612-8219 京都府京都市伏見区表町612 8219
三十石船乗り場
- 所在地:〒612-8219 京都府京都市伏見区南兵町
「龍馬とお龍 愛の旅路」像
- 所在地:〒612-8212 京都府京都市伏見区
寺田屋
- 所在地:〒612-8045 京都府京都市伏見区南浜町263
次回訪問場所
次回は「伏見土佐藩邸跡」「伏見口の戦い激戦地跡」「会津藩駐屯地跡」「鳥羽伏見戦の弾痕」「御香宮神社」を訪れます。
Instagram連動
訪問の様子はInstagramにも投稿しています📷


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