前回記事では回天神社の中にある回天館を訪れました。
回天神社の境内には、敦賀で処刑された天狗党隊士たちだけでなく、関東近辺で処刑や戦死した天狗党隊士たちの墓もあります。
今回は維新の中で亡くなっていった水戸の志士たちの墓を訪れます。
二十三夜尊桂岸寺
回天神社の隣には二十三夜尊桂岸寺(にじゅうさんやそん けいがんじ)があります。

境内を少し散策してみます。
お地蔵さんが見えてきました。

横に立っている看板を見てみます。

お地蔵さんの横に水が入った穴のある石があります。
こちらは水戸黄門(徳川光圀)が京都の寺に寄進した手水鉢(ちょうずばち)と同じ文字が彫られているようです。

水戸黄門に仕えた格さんのお墓がこちらにあるようです。
ちなみに隣にいらっしゃるお地蔵様は延命地蔵尊といい、「ぴんころ地蔵さん」と呼ばれて親しまれているようです。
それでは水戸殉難志士の墓に向かいます。
水戸殉難志士の墓
巡りたいお墓

ここ、回天神社には幕末に名をはせた有名な人物の墓があります。
・天狗党首領格の藤田小四郎(ふじたこしろう)
・桜田門外の変の参謀・関鉄之助(せきてつのすけ)
・藤田小四郎の父であり尊王攘夷思想に大きな影響を与えた藤田東湖(ふじたとうこ)
・水戸黄門でおなじみの格さんのモデルになった安積澹泊(あさかたんぱく)
彼らの墓に向かう前にまず水戸殉難志士の墓に向かいます。
水戸殉難志士の墓は、志士活動を行う中で各地で処刑された天狗党隊士の遺体が集められ埋葬されています。境内2か所に分かれています。
水戸殉難志士の墓(第二区)
まず一か所目はこちらです。(第二区)

整然と並ぶ「柱」はまるで天狗党隊士たちがそこに整列しているような圧倒感があります。
天狗党というと武田公雲斎や藤田小四郎が有名ですが、墓石に刻まれた文字を見ていくと、他にも有名な天狗党幹部の名前を見つけることができます。
「志士活動の中で亡くなった」と一言で書いても、その内容は千差万別で、惨たらしい最期を迎えた志士たちが大勢います。
天狗党田中隊の最後
例えば、「天狗争乱」(吉村 昭・新潮文庫)では以下の記述が出てきます。
棚倉藩は田中隊を土倉に監禁して餓死させ、木に吊るして叩き殺し、野犬に与えた
田中隊とは、天狗党の中軍総長であった田中愿蔵(たなかげんぞう)が率いる隊のことです。
田中隊は天狗党が悪評を買う原因ともなる、金品の強奪や宿場への放火を行いました。
過激な行動を起こした田中隊ですが、那珂湊の戦いで敗走すると次々と捕まり処刑されます。
上記はその際の記述ですが、棚倉藩の天狗党(田中隊)への憎悪が見てとれます。
天狗党を題材にした歴史小説
このほか多くの隊士たちの最後が歴史小説として出てくるのでこの場所を訪れる前に一読しておくとおすすめです。
一つ一つの墓石に刻まれた名前を見ながら、小説の中身を思い出し、手を合わせました。

水戸殉難志士の墓(第一区)
もう一か所の水戸殉難志士の墓はこちらです。

先ほどの墓群は第二区に位置しており、こちらは第一区になります。墓には安政の大獄以後の殉難者も含まれています。
維新の夜明けは、水戸の志士たちの屍の礎の上に成り立っているという思いを強く感じ、しばらく立ち尽くしました。
墓には他に人はおらず、整然と整列する天狗党隊士たちと向き合いしばし時間の流れを忘れました。

藤田小四郎の墓
次に向かったのは天狗党の首領格である藤田小四郎の墓です。
彼もまた、福井県敦賀市で天狗党隊士たち353名と共に斬首されています。

福井の天狗党隊士たちの処刑場を訪れた時からずっと会いたかった藤田小四郎にようやく会うことができました。

藤田小四郎の辞世の句は
かねてより 思い染めにし 言の葉を 今日大君に 告げて嬉しき
彼の墓の前でこの句を詠んだときにこの句の意味を以下のようにとらえました。
”道半ばで自らは散ることになるが、自分の志士活動の思いは今、あなたに伝えることができたから、もはや思い残すことはない。”
この時代の志士たちの命を懸けた覚悟を感じることができます。
関鉄之助の墓
次に向かったのは、桜田門外の変の実行部隊の参謀である関鉄之助(せきてつのすけ)の墓です。

彼の墓の敷地内では、桜田門外の変で亡くなった志士たちも一緒に眠っています。

藤田東湖の墓
次に訪れたのは藤田小四郎の父で尊王攘夷思想に大きな影響を与えた藤田東湖(ふじたとうこ)の墓です。
天狗党の志士活動はこの人を起点に始まったといえるかもしれません。

格さんの墓
水戸黄門でおなじみの格さんの墓です。
正式な名前は安積澹泊(あさかたんぱく)です。

感想
回天神社の敷地は広いですが、途中に看板が立っているので迷わずに目的のお墓までたどり着くことができました。
安政の大獄から始まる水戸藩の志士たちの殉難の歴史がここに凝縮されています。
記事では回天館と2回に分けて掲載しましたが、同じ敷地内にありますので幕末の天狗党を巡る歴史を一気に肌で感じることができる場所です。
維新への礎となった志士たちに再度手を合わせ、回天神社を後にしました。

次回訪問場所
天狗党と諸生党の学び屋である水戸城「弘道館」と天狗党首領の武田公雲斎の墓をめぐります。
アクセス情報
回天神社(水戸殉難志士)
- 住所:茨城県水戸市松本町13−33
- 最寄駅:バス「保和苑入口」から徒歩約3分


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